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16.電子顕微鏡の原理

(3)結像の原理と分解能

 電子顕微鏡が光学顕微鏡より優れているところは倍率が高いのではなく、分解能(resolution)が高いことである。倍率であれば光学顕微鏡でも1,000倍の拡大像を写真に撮り、中間ネガを作り、さらに引き伸ばせば10万倍ぐらいまで拡大することができる。しかし、分解能が低いためぼやけて不明瞭な像が得られるだけである。分解能というのはどのくらい小さなものまで見えるかという能力であり、近接する2点を2点として識別できる最小の距離をもって表す。分解能は顕微鏡にとってもっとも重要な性能でレンズ(特に対物レンズ)により決まる。電子も光も波であることから、照射系と同様、ここでもまず光(光学顕微鏡について)による結像と分解能について触れ、それを電子顕微鏡と比較して考えてみたい。

 
凸レンズによる格子の結像原理を示す図
 

図5 凸レンズによる格子の結像原理を示す図

 波長が一定な平行光で単純な正弦格子を照明すると光は散乱(回折)され3つの方向に振り分けられる。図5はこれらの回折光を薄いレンズで集め結像する過程を示している。光線(光軸)に平行な成分を0次回折光、光軸より角度シータだけ上下に振れた(回折角という)成分をそれぞれ+1次回折光、-1次回折光と呼ぶ。これは最初から決まっていると考えるよりは結果としてこのような回折になると考えたほうが理解しやすい。すなわち、光が1波長ずれて強めあうことになった光のみが観察されるということであり、干渉して消滅する光は観察されない。レンズにより回折光を集めると焦点面に0次、±1次の回折スポットとして収束する。三次元結晶物質のようなものであればここに複雑ないわゆるラウエの斑点が現れる。その後、光は進行しながら、さらに干渉し、結像面に拡大像を形成する(図5)。回折角シータと格子間隔(格子定数)デルタの関係を調べるために格子による回折部分を拡大したのが図6である。

 
回折格子の一部拡大図と光路
 

図6 回折格子の一部拡大図と光路

 

隣接する格子から発する二つの+1次回折光の強めあう条件を幾何学的に求めるため格子点Aより隣接する下の+1次回折光に補助線(垂線)ACをおろす。こうすると回折角シータ角ABCは等しくなる。このような図において波長ラムダの光が格子間隔デルタの格子により回折を起し、隣接する二つの+1次回折光の強めあう条件は丁度1波長分ずれることである。
    すなわちBC=ラムダである。
    また、三角形ABCにおいて、AB sin シータ=BC ゆえにデルタ sin シータ=ラムダ
    よって、デルタ=ラムダ/sin シータ-------(式14-1) (0<θ<パイ/2)
また、格子とレンズの間が屈折率n(Refractive Index)の媒質で満たされているならば、波長は屈折率で割った値、ラムダ/nとなる。 したがって、(式14-1)式は一般的に
   デルタ=ラムダ/nsin シータ ----(式14-2) と表すこともできる。
これは格子の間隔と回折角が反比例することを示している。格子間隔(格子定数)デルタが小さくなると回折角は大きくなり、焦点面上に現れる回折スポットの間隔は広がることを意味している。このため格子の実空間に対して焦点面を逆空間と呼ぶこともある。
 さて、格子による回折から式(式14-2)を求めたが、図5はまた格子が試料であり、回折角シータがレンズの見込み角と解釈することができる。この場合レンズが捕捉できる光線の最大見込み角をシータ0とすると、必然的にn sin シータ0はこのレンズの開口数(Numerical Aperture; NA

となる。そして、その時の格子間隔(デルタ0)は
デルタ0=ラムダ/nsinシータ0  (式14-3)
これはよく知られているアッベ(Ernst Abbe, 1840-1905)の分解能を定義する式にほかならない。 すなわち、レンズの最大見込み角(開口数)に一致する回折角をもつ格子間隔がレンズの分解能に等しいといえる。そのため、これを格子の分解能とも言う。ここでは波長、位相のそろった平行光線という特殊な照明条件下で理想的な格子回折から求めた。また、この式は収差などのレンズの性質を全く考慮せずに導かれている。したがって、アッベによる定義は分解能を概念的に理解するには極めて分かりやすく有効であるが、実際の顕微鏡観察における分解能とは多少異なる。しかし、格子の組み合わせで如何様にも複雑なパターンを作ることができるので、間違いではない。ただ観察法により補正が必要となる。例えば、落射型蛍光顕微鏡では励起光の位相とは関係なく、各所で独立に光を発する蛍光を観察することになるので、分解能の定義(考え方)は格子とは異なる。  

 
レンズによる無限小の輝点の結像原理を示す図 右図は正面からみた結像(airy disk)と輝度分布を表す
 

図7 レンズによる無限小の輝点の結像原理を示す図 右図は正面からみた結像(airy disk)と輝度分布を表す。

 

  そこで極めて小さい丸い輝点(無限小の点)Oから出た光を凸レンズにより集め像面(I)結像させる場合について考えてみる(図7)。肉眼的にはIに形成される像も丸く見えるが、Oと同等な輝点ではなく、円形に広がった像となる。この円形像をよくみると図7の右に書いたように明暗の環が同心円状に広がっている(最初の黒い環で囲まれた最も明るい円を光学用語でairy diskと言う)。すなわち、無限小の点を投影すると、像は回折の影響により、拡がりをもつことになる。この現象はレンズが無収差でも起き、その拡がりは光学的にPSF(point spread function)と呼ばれ、使用波長と光学系の開口数で決定される。次にデルタだけ離れたところに同等な点をもうひとつ追加する。Iの位置には二つの同心円状に広がった円形像がある距離デルタ ダッシュだけ離れて観察される(図8)。

 
無限小の点から発する光により結像するairy diskの分解能の定義を表す図
 

図8 無限小の点から発する光により結像するairy diskの分解能の定義を表す図


Oの2点を相互に接近させていくと像面では広がった円形像がやがて重なり合い二点を判別できなくなる。2つの円形像を判別できる最小の距離(臨界距離) デルタ0がこのレンズの分解能である。結像面における臨界距離は二つの円の中心が相互の半径上にくる時である。これをレイリー(Lord Rayleight, 1842-1919)の定義による分解能と呼ぶ。そして、この半径(airydiskの半径)は0.61×ラムダ/NAとなる。したがって、
デルタ0=0.61ラムダ/nsin シータ 0  (式14-4)
 ここでラムダはOから出る蛍光の波長、シータ0はOからの蛍光を集めることのできる最大見込角である。またnは O(試料)とレンズ間を満たす媒質の屈折率で、真空、空気は1である。したがって、1以上の屈折率を持つ媒質を使用しない限り見込み角の正弦(sin)が開口数となる。開口数を上げ、分解能を上昇させるにはレンズ表面と試料の間に屈折率の高いセダー油などを満たせばよく、そのために開発されたのが油浸レンズである。最近では60倍で開口数1.4のレンズも売られている。このレンズを使用し450 nmの蛍光を捕捉し、観察する場合のこの蛍光顕微鏡の分解能は上の式から約200 nmとなる。
 ここまで記述したことはレンズ側の収差や標本の状態などを無視し、理想化した状態で考えているが、光学顕微鏡の分解能は総じてアッベ、レイリーの定義に従うと考えてよい。厳密には光学伝達関数(OCT)と呼ばれる式から計算しなければならない。外部から切片を照明し観察する一般的な使用法での分解能はアッベの格子分解能とレイリーによる定義の中間になるが、ホプキンス(H.H.Hopkins)は一般化した次式(式14-4)を与えている。
デルタ0=カッパ ラムダ/n sin シータ0  (式14-5)
 係数0.61を未定数カッパに一般化した式で、光学的条件によりカッパが変化することを意味している。カッパはコンデンサーレンズの開口数と対物レンズの開口数の比(r)によって決まる値(limited coherence)で図9に示す通り僅かながら変化する。

 

ホプキンスによるk−r相関曲線

 

図9 ボーンとウォルフによるk-r相関曲線

 

この図から明らかなようにrが1.4の時最小のカッパ約0.58となり、最も高い分解能が与えられる。これはコンデンサーレンズの開口数を対物レンズの開口数の1.4倍にすれば最も高い分解能が与えられることを示している。コンデンサーレンズの開口数も対物レンズと同様で試料側からコンデンサーレンズへの見込みシータcとした時、nsinシータcにより求められる。コンデンサーレンズの開口数はコンデンサー絞りの開閉により変化させることができる。別名「開口絞り」と言うのはこのためである。照明の項において「ケーラ照明では視野を変えずに明るさを変化させることができる」と記述したが、実はそれだけではなく分解能も僅かながら変化するのである。ところで、ここではアッベやレイリーの定義をホプキンスの条件などをわけて記述してきたが、教科書では一般的に(式14-5)をもってアッベの分解能式として取り扱っていることが多い。
 さて、このあたりで光学顕微鏡を離れ電子顕微鏡に話を移そう。電子は光に比べ極めて波長が短い。100 kVの加速電圧では電子の波長は0.004nmであり、可視光と比べ1/105となる。単純に波長だけを比べても105倍も分解能が上がることになる。De Broglie(ド・ブロイ、1924)によれば電子の波長は真空中での速度をv、質量m、プランク定数をhとすると、ラムダ=h/mvで示される。
また、加速電圧Vで真空中の速度をvとすると、eV=1/2mv2これにより電子線の波長はおよそ
 ラムダ=1.23/V1/2となる。これをアッベ・レイリーの(式14-3)に当てはめると
 デルタ=0.753/n Sin シータV1/2シータは10-2ラジアンと極めて小さいのでSinシータとシータはほぼ等しい
 また、真空中なのでn=1
加速電圧100 kVの時の分解能を求めると
 デルタ=0.753/10-2(100,000)1/2=0.753÷316×10-2=0.24、
  すなわちこの電子顕微鏡の分解能は0.24 nmとなる。
 しかし、電子レンズは光学レンズに比べ収差が大きく、一般的にはアッベの式は適用できないと言われている。前述の計算はいわば強引にアッベの式から計算したわけであるが、ほぼ正しい値を示している。
 高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)などで厳密に分解能を求める時は位相コントラスト伝達関数(Phase contrast transfer function: PCTF)を計算し、Scherzer focus条件から求められる次式で計算する。
 デルタ=0.65(Csラムダ3)1/4 Csは球面収差係数
電子レンズは磁界により形成され、凸レンズとしての性質を示すものしかできないので、光学ガラスレンズ(とくに凹レンズとの複合レンズ)に比べ、きわめて収差が大きい。しかし、電子顕微鏡がいかに高倍率を達成できるかは実感していただけると思う。最近では球面収差(Cs)補正ができるようになりさらに分解能が向上している。以前はCs補正ができなかったので、加速電圧を上げることにより、波長を短くして分解能を上げた。1,000 kV超高圧電子顕微鏡では分解能はおよそ0.1 nmである。


参考文献

  1. Kirkland AI and Hutchison JL, Atomic Resolution Transmission Electron Microscopy.
    In Science of Microscopy vol 1 pp.3〜64 Eds. Hawkes P W and Spence JCH  Springer NY 2007
  2. 上村慎治 光学顕微鏡入門-虫眼鏡から超顕微鏡へ
    シリーズ・ニューバイオフィジックス 7 バイオイメージング pp. 29〜48 曽我部正博・臼倉治郎編  共立出版 1998
  3. Inoue S, Spring K, Video Microscopy Second Edition Plenum Press 1986


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