
5.フリーズレプリカ法
(1)フリーズレプリカ法(凍結割断レプリカ法)
Steere RL(1953)らは凍結固定を利用し、凍結切片とは異なり、かつ簡便な方法(当時、凍結切片は熟練を要する方法であった)で新鮮状態の構造を電子顕微鏡で観察しようと試みた。これがフリーズレプリカ法の始まりである。しかし、実際の手技はかなり難しい上に、グルタールアルデヒドによる前固定を余儀なくされていた。急速凍結法が発展する最近まで無化学固定の標本観察は出来なかったが、凍結割断により従来の切片法では得られなかった膜内の三次元構造が明らかになり、細胞生物学の分野にブレークスルーをもたらした。その後、氷晶防止剤を使用しない急速凍結標本では細胞質水分(氷)の昇華(エッチング)が容易であるため、細胞骨格の三次元構造解析にも威力を発揮した。ここではこのようなユニークな電顕観察法であるフリーズレプリカ法についてその方法と特徴について解説する。この方法は厳密にはフリーズフラクチャーとフリーズエッチングの二つの方法に分けられる。前者は真空中で凍結試料を割断後直ちに白金を蒸着し、レプリカを作製する。後者は氷晶防止剤(グリセロール)を用いない急速凍結標本に有効で、割断後温度を-90℃ぐらいまで上昇させ、割断面から氷の昇華を促した後、蒸着してレプリカとする。すなわち、エッチングとは割断面を僅かに真空凍結乾燥させることである。前述のようにフリーズフラクチャーでは膜内の分子構築(P面とE面)とりわけ膜蛋白質の膜内での分布を明らかにできる。フリーズエッチングでは形態情報はさらに多く、膜内構造に加え氷の昇華により露出した細胞膜の表面(PS面、ES面)や細胞内外のマトリックス構造、細胞骨格を観察できる。 ところで、膜の割断面などの呼称は組織学の教科書にも載っているが、専門外の方のために改めてここで紹介する。生体膜が凍結割断されるとき脂質二重膜の疎水性面に沿って割れるときがあり、このとき細胞質側の半葉を外側から見た面をP面と呼び、これとは逆に細胞外に接した半葉を細胞質側から見た面をE面と呼ぶ。またフリーズエッチングではこれらとともに細胞質に接した膜の表面と細胞の外に接した膜の表面(真の表面)が露出されるが、それらをそれぞれPS面、ES面と呼ぶ取り決めとなっている(図1)。 ここでは急速凍結標本のフリーズレプリカ法を中心に話を進めるが、これらの方法は化学固定標本にももちろん適用できる。この場合、グルタールアルデヒドで前固定後30〜40%グリセロール(氷晶防止剤)で処理し、緩慢な凍結においても氷晶形成が起きないようにする。しかし、グリセロールは高真空中でもほとんど昇華しないので、きれいなエッチング像は得られない。はじめに化学固定標本を用いた一般的なフリーズフラクチャー法について説明する。
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図1 膜構造と膜面の名称を示す図
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(注)膜の細胞質側の表面をPS面、外側(真の)表面をES面。膜が疎水性面に沿って割断されたとき、その細胞質側半葉を外側から見た面をP面、また外側半葉を内側から見た面をE面と呼ぶことになっている。
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フリーズフラクチャー(レプリカ)法の実際
必要な物:フリーズレプリカ作製装置(BAL-TEC社製フリーズレプリカ作製装置BAF
060、日立FR7000など)前固定液、グリセロール、液体窒素
実際の手順
- 新鮮な組織を前固定液(2%グルタールアルデヒド、2%パラホルムアルデヒド混合固定液)で2時間固定する。
- 固定後緩衝液で5分ずつ2回洗浄し、その後40%グリセロールに2時間〜overnight浸漬する(通常の液体窒素のみで凍結するときはこの濃度が必要であるが、液体窒素で冷却した液体プロパン、液体エタンまたは一度ロータリーポンプで引いて固化した後の液体窒素スラッシュを使用する場合は30%の濃度でも無氷晶凍結ができる)。
- 組織標本をフリーズレプリカ作製装置の試料台の大きさに合わせて細切し、試料台にのせる。普通1 mm〜2 mm角ぐらいである。
- 試料台ごと試料を冷媒(液体窒素または液体プロパン、液体エタン)に浸漬し凍結する。
- フリーズレプリカ作製装置は2時間以上前から作動させ、あらかじめ十分な真空度(10-7 mmHg)と低温(-110℃)にしておく。マニュアルに従い、凍結試料を手早く装置内の所定の位置にセットし,再排気する。
- 試料を割断後、その割断面に白金とカーボンを蒸着する。白金は40度の角度から2 nm程の厚さ、またカーボンは90度の角度から10 nm程度の厚さ蒸着するのが普通である。試料を回転させながら蒸着するrotary
shadowingという方法もある。この場合白金の蒸着角度は少し低角で25度にする。
- 蒸着後試料を大気中に取り出し、室温まで暖め、キッチンハイターやブリーチなどの次亜塩素酸主剤の漂白剤で試料組織を溶かし、蒸着膜(レプリカ)を遊離させる。これがレプリカ法と言われる所以である。
- 組織が溶け液面に浮いているレプリカはさらに2回蒸留水で洗浄してからメッシュ(グリッド)にとり透過型電顕で観察する。この時の洗浄は図2のように蒸留水を満たしたペトリディッシュに白金ループや薬品に強いモリブデンメッシュを用いてレプリカを壊さないように丁寧に蒸留水液面に慎重に移す。実は次亜塩素酸主剤の漂白剤から純水に移すと表面張力の違いからレプリカが分断されることが多い。そこで、我々はコダック社のフォトフローを純水にごく微量混ぜておくことで、レプリカの破損を防いでいる。フォトフローを入れるのと入れないのでは破損具合がかなり違うので是非試されたい。ごく微量というのは白金線をフォトフローに突っ込み、引き上げたとき白金線の周り付着するほどの量で、肉眼ではほとんど見えない量である。
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図2 レプリカの洗浄法を示す図
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(注)溶液から溶液(蒸留水)へとレプリカを移動させ洗浄する。レプリカの移動には白金ループを使用するのが一般的であるが筆者は耐薬品性に強いモリブデンメッシュを使用している。図のようにメッシュの端をおり、そこをピンセットでつかみ溶液と共にレプリカをすくい、移動させる。
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- 洗浄後のレプリカは膜張りメッシュ上に移し、乾燥する。これが以外と熟練を要する。慣れないうちはメッシュを親水化しておくと良い。レプリカの一端を膜張りメッシュの上部に付着させ、引くようにしてすくい上げる。(図3)
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図3 洗浄後のレプリカをメッシュ上に載せる方法を示す図
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(注)フォルムバール支持膜を張ったメッシュを用いる。メッシュの2/3を水につけ60度ぐらいの角度を付けたままレプリカに近づけ、レプリカの端をメッシュ上部に接触させ、角度を変えずに引き上げるとレプリカは自然とメッシュ上に載るはずである。
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急速凍結試料のフリーズフラクチャー、フリーズエッチング法
- 新鮮な組織を試料ホルダーの上に載せ、急速凍結する。このとき大切なことは急速凍結時の試料ホルダーがフリーズレプリカ装置のホルダーと共用できるようにすることである。なぜなら、凍結試料のみを取り外し、他の試料ホルダーに移し替えることは不可能である。
- フリーズレプリカ作製装置は2時間以上前から作動させ、あらかじめ十分な真空度(10-7 mmHg)と低温(-110℃)にしておく。マニュアルに従い、凍結試料を手早く装置内の所定の位置にセットし,再排気する。ナイフの温度は-120℃以下にする(急速凍結試料の表面は堅いのでナイフは毎回新しいもの替える)。
- ナイフで試料表面から10
ぐらいまで削る。フラクチャーレプリカを作るの場合はただちに白金とカーボンを割面に蒸着し、レプリカを回収する。フリーズエッチングレプリカを作製する場合は切削後、試料中の氷を昇華させる必要があり、温度を-90℃まで上昇させ、10分間高真空中に放置した後、白金とカーボンの蒸着を行う。
- 蒸着後は大気圧下に取り出し、その後、操作は前述の一般的なフリーズフラクチャー法によるレプリカ回収と同様である。
一般的にレプリカ像は切片像とはかなり異なる見え方をするので、正確な理解には観察対象である組織について十分な知識を必要とする。すなわち、エポンなどのプラスチック包埋切片では選択的な染色やエポンとの相対的な(強度)コントラストにより像が形成されるのに対し、レプリカでは割断により露出された全ての構造が白金蒸着の対象となり、画像として観察される。したがって、研究目的の組織は前もって超薄切片法で観察し、その微細構造について十分な知識を得ておかないと何処を見ているのか理解できないばかりか、重要な発見を見落とすことにもなりかねない。さらに膜構造に関しては脂質二重膜の疎水性面に沿って割断されることが頻繁に起こるため、膜内の分子構築を立体的に観察できる反面初心者による像解釈を困難にしている。図4、図5にそれぞれフリーズフラクチャー像とフリーズエッチング像の応用例を示す。
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図4 視細胞外節の切片像(左)とフリーズフラクチャー像(右)
(注)視細胞外節の切片像(左)とフリーズフラクチャー像(右)との比較切片像では膜内の構造(膜内在性蛋白質の分布状況)は全く不明であるが、フリーズフラクチャーレプリカでは膜内粒子として膜内在性蛋白質を観察できる。
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図5 視細胞外節のフリーズエッチングレプリカ像
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(注)エッチング(凍結乾燥)することによりフリーズフラクチャー像(図4の右)と異なり膜の細胞質側(PS面)の表面や外側の表面(真の表面:ES面)が露出される。右の図は一部拡大像。さらに膜の断面を拡大すると脂質二重層に相当する部分を認めることができる(inset)。視細胞外節円板膜には一般の細胞膜(図6)に認められるようなアクチン線維を主体とする膜細胞骨格は存在しない。
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図6 培養細胞(NRK)の膜細胞骨格のフリーズエッチングレプリカ像
(注)これはstereo-anaglyph(後章で作り方を詳述)であり、二つの傾斜像から合成された写真で右が赤、左が緑のステレオ眼鏡で観察すると立体的に見える。クラスリン被覆ピット、カベオラとその間を縫うように走るアクチン線維が観察される。
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