
8.単離した分子を見る
(2)低角度回転蒸着法(low angle rotary shadowing)
単離精製した蛋白質分子や核酸あるいはそれらの複合体を観察するには前述のネガティブ染色法のほかに白金蒸着による方法がある。白金を蒸着するのでネガティブ染色にくらべコントラストが高く、容易に分子の形やおおまかな立体構造を掴むことができる。ただ、対象となる試料は小さいので高角度からの蒸着では埋もれてしまい、観察することはできない。そのため、水平に対し2〜5度という極めて低い角度で蒸着し、分子を埋もれさせるのではなく、その形を強調するように修飾する。これがこの方法の名前の由来である。分解能は白金蒸着分だけネガティブ染色より劣る。しかし、電子線による照射損傷を気にせず、比較的簡単な手順で分子の形を明瞭に観察できるのは大変価値がある。この方法のキーポイントは不純物を纏わず試料分子だけを水平な基質(通常マイカ劈開面)の上に載せることである。ここではこのための試料処理として最も一般的なグリセリン法とマイカフレーク法を紹介する。前者に比べ後者の方が優れているが、手間と急速凍結装置などの設備が必要になる。また、マイカフレーク法はフリーズエッチングレプリカから派生した方法であるので低角度回転蒸着法とは別に独立した方法として記載される場合が多い。ここでも一つの独立した方法として扱う。
グリセリン法
50%グリセリン溶液に精製した蛋白質を混ぜ、絵書き用のエアブラシでマイカ劈開面に噴霧する。エアブラシ先端からマイカ面までの距離は約40 cmであるが厳密ではない(図5を参照)。空気圧を上げれば試料を含んだ霧は遠くまで届くが試料の機械的損傷を招きかねない。また、近づきすぎると空気圧は減少できるが、霧の粒の密度が上がりマイカ面上で融合し、大きくなるため、グリセリン溶液から試料分子の遊離が不完全になることが多い。グリセリンを用いることにより不純物を纏わず分子をマイカ上に展開できる理由はその表面張力にある。図6に書いたように試料分子を含んだグリセリン水滴は真空中に持ち込まれると急速に収縮する。最初の収縮においてグリセリン水滴は表面張力により球形を保ったまま収縮する。この時水滴に含まれる試料分子のうちの一部がマイカ面上に取り残される。この取り残された分子を白金蒸着で強調修飾し観察するわけである。また、マイカ面上に取り残される時、分子に纏わりついているものが(グリセリンの大半も)取り払われる。すなわち、50%グリセリン溶液は噴霧するときは試料分子を保護し、急激に真空中に持ち込んだ時は中心に向かい張力を保ったまま収縮するので試料をマイカ面上に遊離させる作用がある。このようにグリセリンの物性を利用する方法であるため、リン酸緩衝液のようにグリセリンと反応し表面張力を減少させる物質は試料分子の溶媒として使用できない。グリセリンの表面張力が落ちると収縮がうまくいかず、図7に示すように試料分子に多くのグリセリンが纏わりつき形の一部しか観察できない。蛋白質分子を精製過程で用いた物質が残存するのもあまり好ましくない。また、真空中でのグリセリン滴の収縮において、試料分子とグリセリンの間に張力が発生するので、これにより分子の形が変化し、破損することも考えられる。像の解釈には十分注意を払う必要がある。
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図5 試料噴霧装置
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図6 マイカ劈開面に付着したグリセリン試料液滴の真空中での挙動を示す図
(注)
50%グリセリンを含む試料液滴は真空に持ち込むと液滴が潰れるのではなく同心円上に収縮する。その際試料分子がマイカ表面に置き去りにされる。これを水平方向からの低角度回転蒸着で強調し観察する。
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図7 試料分子の遊離の程度と蒸着像の変化を比較した図
(注)
グリセリン試料滴の収縮が効果的におこなわれ、試料分子がマイカ表面に遊離した場合(A)は試料分子の全体像を把握することができるが、不純物が多くグリセリン試料滴の収縮が不完全である場合(B)は残留グリセリンにより分子の一部が覆われてしまうため分子の全体像を観察できない。
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図8 蒸着膜の剥離法
(注)
カーボン支持膜の剥がし方と同様に水面に対し斜めに接触させ、マイカを徐々に水中に差し込むようにして、表面の蒸着膜を遊離させる。
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